大人の観光・10時間はこんな感じ

妹夫妻(ひろみの)が札幌よりサヌールに滞在中です。
近所のアパートでプチ海外生活をしていますが、1日だけ観光に行くことになり昨日まわってきました。

8:00サヌール出発

①【タマン・アユン寺院】Pura Taman Ayun
店主も初めて去年友人と行ってみて、勉強になり意外に良かったタマンアユン寺院へ。
世界遺産なので観光客も結構来ています。
メルが立ち並びその脇の蓮群がきれいでした!

ちょっと移動して、次は

②【マルガ英雄墓地】Pemakaman pahlawan
店主は15年くらい前に一度お参りに行ったことがあります。
その時よりかなりきれいに整備されていました。
(ウィキペディアより)
1946年11月20日オランダ軍との壮絶な戦闘により全滅したグスティ・ングラライ将軍率いる義勇軍部隊94名ほかインドネシア独立戦争で戦死した1372名を埋葬した戦没者墓地で、バリ島タバナン県マルガにある。チャンディ・マルガナラ墓苑ともいう。その中には終戦後も残留してングラライ部隊に属して戦死した12名の日本人も含まれている。毎年11月20日には戦死者を追悼する儀式が行われている。

独立戦争で戦死された1372名の英雄が今は静かに眠っています。
日本の終戦後、日本へ帰らずインドネシア軍と共に戦った日本人11名のお墓も一緒に・・。
同胞の一日本人として、今回11名のお墓一つ一つに手を合わせ祈りを捧げてきました。
墓石には日本名であったり、現地名で表記されています。
お墓管理人の方は日本人は11名と説明してくれましたが、ネット上では12名となっていたり・・11名?12名?

(ウィキペディアより)
日本人の墓碑

自分が撮ってきた墓石写真と上記リストを付け合わせすると、最後No.1372が昨日紹介されなかった12番目のお墓になります。
そして、ここには1372名の英雄が眠っているので、最終番号になります。割と最近になってから英雄墓地に埋葬されたのではないかと推測します。日本人のお墓一つ一つをみてまわると、意外と線香や枯れた花びらがあったのでお参りに行く日本人がいるんだなと嬉しくなりました。店主も近くまで行くことがあれば、一日本人として必ず寄りたいと思います。

英雄墓地の事務所で見つけた日本のお金?

占領中、インドネシアで使われていた日本発行の軍票(お金)のようです。写真は、10グルデン
1946年インドネシア紙幣「ルピア」誕生まで使われていたようです。
初めて見ました。

ジリジリ炎天下、暑くて暑くて、汗ダラダラ。
すぐそこにあったアヤム屋に駆け込みランチ&水分補給

サンバルゲプレックで益々ダラダラ(笑)
でも好きなの。

そのまま北上していくと大小温泉が点在していて、適当に何となく到着しちゃった温泉は・・
③【ブルラン温泉】Pemandian Air Panas Belulang
幹線道路から怖いくらい急勾配を車で下っていきます。
入湯料は、外国人料金Rp.10.000 安っ!
良心的なのか時が止まっちゃっているのかわかりませんが・・
水着に着替えて早速GO

温泉はこの3つだけ。貸し切り!
ローカルがうじゃうじゃいるところは避けたかったので、意外や意外よかった~。
みのによると、水温は37~38℃らしいです。
ずっと入っているとじわーっと温まる感じ。
店主はうたせ湯が気持ちよかったです。

タマンアユンは木陰が少なく暑い
英雄墓地ももろ太陽
サンバルゲプレックで体内から熱くなり
温泉で全身ぽかぽか→血行がよくなりますね~たまにお湯に浸かると感じます。

水分補給しながら、15分ほどで次の目的地は・・

④【ジャティルイ】Jatiluwih
棚田とスバック(灌漑・水利システム)が素晴らしくて世界遺産になっちゃったジャティルイ。
店主は3回目かな?以前と違うのは、おしゃれなレストランが立ち並び、西洋人観光客がたくさん来ていました。
こうしてあっという間に開発されてしまうんですね。

このライステラスはバリ島一番でしょうね。
パノラマすぎて写真にはおさまりません。
あまり変なものが建ちませんように。

1時間ちょっとの移動で、最後はデンパサールのショッピングモール
⑤【プラザレノン】Plaza Renon
ひろみのに日本食スーパー・パパイヤ(papaya)を見てもらいたいくて誘ってみました。
弁当やお惣菜に興味津々のひろみのでした。
コロッケやとんかつをゲッツ。美味しかったです。

ひろみのが気になったシュークリーム。何故「相撲」??

18:00前にサヌール到着。
朝サヌールを出るまで渋滞でしたが、約10時間でこれぐらいまわることができました。
あ~、いろいろあって楽しかった。

バリ島生活

Posted by 店主