今年1月のある早朝、うちの運転手が、半べそで出勤してきたのでした。

『どうした??』
『日本のニュースをさっき読んで、感動しちゃって・・』
『何?何?なんかあった?』
『北海道の小さな駅が3月に廃止になるというニュース
『あー、店主も見たよ。そのニュース。あれ、店主の母校なんだよ。』

ほのぼのするイイ話ではあるけれども、店主にとって泣くほどじゃない。
運転手のリアクションに違和感ありあり。
なぜ、肩落として、ためいき交じりで、いつも明るいバリ人が涙する!?

『インドネシア政府が、一人の高校生の卒業を待って駅を廃止するなんてことはありえない。
インドネシアは、損失になるなら、田舎住民の意見なんか聞かずにすぐに廃止にする。
でも、日本は一人の生徒が学校を卒業するまで待ってくれる。
ここインドネシアではありえない。
そこに感動して涙が出てくる。』

運転手の感動ポイントは『日本政府は素晴らしい』という点でした。
厳密のいうと、国鉄からJRに民営化されているのでもう政府は関係ないと思うのですが、そこは訂正せずに聞きました。

今日、もう一人のバリ人女性にもニュースを読んでもらって反応を見ることにしました。
涙こそ流しませんでしたが、『日本政府は素晴らしい。インドネシアではありえない話。』と同じ反応。

日本にいると政府の良さは感じませんが、やはりこういう国にやってくると『日本の役所は頑張っているよな』と思います。
この国よりずっとずっと社会のために働いてくれていると思います。
少なくとも、許可書類で村役場や関係各所に出向いて、サイン一つに不正なお金を請求されることはないですよね~、日本は。
そんなことしたら、即効、逮捕ですよね~、日本は。
こういう国だから、日本の小さなほのぼのニュースが輝いて見えちゃうんでしょうね。
同じニュース発信でも、受け取る国や状況によって、その視点が違いますね。
発見でした。